心のズレの正体、その意外性を識る

今回のブログを書こうと思ったキッカケは、
仕事先の関係者の方と話をしている中で、
優越感に浸っていると感じられた自慢話からでした。

人によって、または同じ人でもその日の体調や
気分によって、その手の事柄は気になったり、
気にならなかったりすると思うのですが…

今回の場合、私には心の中で引っかかるような感覚で
受け留めたように思います。

たとえ気になったとしても、時間の経過とともに
元の心の状態に戻すことはできましたが、
より注意深くプロセスを観察していくことで、
“意外なこと”を改めて気づかせてもらいました。

そういう意味で今回の事象は私に新たな発見を教えてくれた、
ありがたい出来事だったように思えました。

私に話されたこの関係者の方を含め、
優越感に浸っての自慢話を自分で本当に自覚している、
つまり、自分でそれに気づいて話をされているケースは、
私が今までの人生で出会った人たちを知る限り、
おそらく皆無に近い数字のように思います。

逆の言い方をするならば、
自分の心の状態に気づいていない人たちが
ほとんどだと言うことです。

ところで、この時の心の状態が、
どのようなことなっているのか、
ご存知でしょうか?

まず、優越感を感じている時点で、“心がズレている”ということです。
また、優越感を掘り下げて観ていくと、なぜかその根底に
“劣等感”があることがわかってきます。

より詳しい説明をするならば、優越感を感じるということは、
対象となる相手を見下して優位に立っている、
つまり、自分の方が優秀で相手が自分より劣っている
と考えているわけで、自らの心に分離感をつくっているわけです。

さらに、その分離感は、自分に対する自信のなさ、
相手に対する恐れから来る“劣等感”から来ているということです。

“この分離感、つまりエゴに浸っていること自体が
本来の心の状態ではない、心がズレている”
ということを
表現しているわけです。

先程、“意外なこと” と言ったのは、
心のズレとなるのはこの優越感だけではなく、
怒り、悲しみ、憤り、悩み、迷いといったものも、
やはり心がズレている状況と言えるため、
基本的には『すべて本質は同じ』という見方ができるからです。

以上のことは、全部が概念上だけの説明にすぎませんので、
実際にさまざな心が動かされるシーンと遭遇して、
さらに心のズレを元のところへ修正するという実践を
何度も繰り返すことによって、
『すべて本質は同じ』の真意が必ずわかるようになります。

個人各々が日常生活で直面する「人」「事」「物」といった
数々の事象と対して向き合うことによって、
心がズレて何らかの反応をしたことに気づいたら、
何度も根気強く元の位置に戻す修正をしていきます。

それによって得られた経験値が自分の心の状態に気づくという
プロセスに大きく貢献することとなります。

私たちは日常生活をしている以上、
人間である限り、どうしても心のズレという一種の心の反応が
大なり小なり何らかの形で必ず出てきてしまいます。

心のズレそのものは決して悪者ではありません。
出てきも防ぎようもなく、また、そのことで自分を責めたら
面倒なことになりますので、その後の自分に対するフォローや学び、
つまり、心の気づき、そして対応していく行動が
とても大切になってきます。

何もかも完璧で完全なものなど誰からも求められていませんし、
また、無理をして追い求める必要もありません。
ただ、その時その場で自分が今できる、最善を尽くした対応に
迷わず速やかに移せればいいということです。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
このブログの感想のコメントを一言でも頂けたら今後の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。

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