既知の情報から新たに学ぶ重要性

前回は先入観について投稿しましたが、
似たようなものではありますが今回は、
“既知の情報”、つまり“記憶”という側面について
同じように私の経験から考えを述べたいと思います。

どなたでも多少の差異はあるものの、
学校を卒業して社会人となった時、
つまり何らかの仕事に初めて就いた時、
それを頭や身体で覚えなければならない時期があります。

個人の資質や性格、仕事の内容、職場環境にもよりますが、
ある程度の期間、年数が経ち仕事を覚えることで、
適応できるようなレベルに達することができます。

簡単に言えば、個人差はありますが、仕事を把握することで
“慣れる”という時期が来ます。

それは転職を繰り返し、今の仕事である
マンション管理員に就いた私も同様で本当の意味で
“慣れる”まで3年近くの年月を要しました。

“慣れる”とは言わば、既知の情報(記憶)が時間の経過とともに
蓄積され、それが自信につながっていくわけです。
そのように考えれば、普通は良いことと思われがちです。

しかし、”慣れる”には、実は“落とし穴”があることを
多くの人は識らないように思います。
“油断”とか”気の緩み”とかを思われるかもしれませんが、
それらとは明らかに異なるものです。

多くの人にとって”慣れる”ということに
どうしてもありがちな、

“それ知っている”とか”

“それ聞いたことがある”とか、

“それ見たことがある”とか

というように、
過去長年に渡って蓄積された多くの既知の情報(記憶)
照らし合わせてそれと“同一化”してしまう傾向のことを
指しているのです。

実はこの過去と現在を“同一化”することで、
『”新たな発見や知識”のヒントとなる違いや変化を
見落としてしまう危険性がある』

それが“落とし穴”という表現をした本当の理由です。

つまり、無意識、惰性のうちに自動的に“同一化”してしまうことで、
そこに埋もれていた“新たな発見や知識を見つける可能性を
見逃してしまう”
、そんなもったいない状況を
自ら創り出してしまうということです。

そして”新たな発見や知識”というのは、
他人や本やインターネットからといった
表面的に得られる情報がもとになるのではなく、
自ら生み出される“智慧”といったものになります。

言わば、生涯に渡って役に立つ、そして必要となる、
お金などに換えられない、貴重な財産となっていきます。

では、そんな貴重なチャンスを逃さないための方法とは、
どのうようなものかをお伝え致します。

それは、既知の情報(記憶)で言っている、
思っている、聞いている、見ているという“反応”
いち早く“気づく”ということです。

つまり、既知の情報(記憶)に対しての“反応”
“気づけるか”、あるいは“気づけないか“、
その違いだけなのですが、
いずれそれが大きな分かれ道となっていきます。

今まで同じと思われた物事を新たな角度、視点で観ることで
新たな発見や気づきを見出していくことにより、
さらなる知識として身に付いていきます。

できる限り意識して、そのような見方、考え方をすることによって
単なる頭だけの知識に留まらず、心の変容へとつながっていく
可能性を秘めているのです。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
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どうぞよろしくお願い致します。

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