心を開くことの大切さ

マンション管理員という暇そうに見えがちな仕事をしていても、
住民の方以外の所属会社や協力会社の関係者(主に男性)との
人間関係はあります。

その方たちの話を聴いていて、副業のメンタル・カウンセラーの
観点が働くようで、あくまで主観の範囲に過ぎませんが、
相手の方の心理状態の大枠が読み取れるようになってきました。

このような感覚を受け取れるようになってきたのは、
相手の方たちとの信頼関係がベースで、
お互い気心を知れた間柄でありながらも、
実はその関係は微妙なものがあるからだと思います。

一般社会の視点から見れば、私の処遇がパートということもあり、
どことなく距離を置かれている感じは否めないように思います。

また、所詮、他人同士の大人である以上、人から話を聴いたとしても
相手によっては干渉できないところもありますので、
話す言葉にも十分配慮して話さなければならないこともあります。

要するに相手に気を遣って話をしなければならない状況がある
ということです。

相手の方は私に対して「心を開いていない」
そんな言い方もできるかと思います。

とは言え、“心を開いていない”と言っても特に仕事上に支障がなく、
また、相手の方自身もメンタルの問題や悩みを抱えていても、
遠慮していて人に相談するほどの深刻な状況ではないと判断し、
または“自分だけの世界”を持っていて居心地がいいのであるならば、
私のようなカウンセラーはお呼びがかからない状況となります。

「火事場の馬鹿力」ということわざがあるように、
人間誰しも、経済的にも、精神的にも、あるいは肉体的にも、
余程の追い詰められた状況にならない限り、
何かとかしようとする気にならないのが一般的な想いのように感じます。

しかし、それは人間の限られた思考を基準にしていて、
より広くより大きな『真実の視点』では観ていないため、
“追い詰められた状況”が”まだ間に合う、大丈夫だ”と
期待を持ち、自分の都合のいい形で思い込んでいるに
過ぎないということかもしれません。

つまり、状況によっては、
“自分の心を思い込み違いのケース”もある、
ということです。

この自分の心を思い込み違いのケース”は顕在意識として
表面に出て来ない限り気づきませんので、
たいていの人たちは気づかないまま無駄に時を過ごすことになり、
結果的には潜在意識の中にどんどん取り込まれていきます。

潜在意識に内在し続けることによって、
それはエネルギーとして蓄積しますので、
突発的あるいは衝撃的な精神的ショックを受けたりした場合、
我を失い見境もない程の強烈な大爆発となる可能性があります。

そのような事態になると、本人だけではなく、
周囲の家族や人たちに多大な迷惑と心配をかけるだけではなく、
お互いに大きなカルマを生み出すことになってしまいます。

『真実の視点』、つまり『スピリチュアルの視点』から観れば、
このようなことさえも、本人の魂にとって遠回りをしての
大きなそして貴重な学びになることに違いないですが、
できたら、そうならないようにスムーズにことが運ぶことが
賢明かと思います。

そのために最も必要なことは、
「もしかしたら、自分がそうではないか?」という
“自覚と危機感”を持つことが重要だと思います。

賢明なやり方のひとつとして、この『真実の視点』について
身近に正しい知識を識っている人が居るのであれば、
できるだけ早くその人に相談してみるというのが、
最も無難で確実な方法のように思います。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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