心の抑圧について思うこと

今から10年以上も前に遡る記憶から思い起こしたことが
あります。

私の娘がまだ高校生の年頃だったように思います。
当時、娘は勉学とクラブ活動を両立するべく
日々奮闘していました。

その頃、娘が自分を戒めるように言っていた言葉を
今でも覚えています。

その言葉とは、

「楽な道と苦しい道のどちらかを選択するならば、
苦しい道の方を選択する」


娘なりに重要と判断することを選択する際、
自分に言い聞かせるように言っていました。

その当時は何の疑いもなく、
「娘にして珍しくいい考え方をしているな」と、
そんな程度の軽い気持ちで聞いていました。

しかし、もし今、私が同じようなことを聞いたら、
おそらくこの当時とは違う反応を示したように思います。

それは自分の気持ちを抑えつけていた、
つまり、“抑圧”というサインだったということです。

娘自身はそのことにおそらく気づいていなかったように思います。
「精神性の美徳を信条として生きていたい」
そんな想いから物事を固定的に捉え、
追求しようとしていたのかもしれません。

その純粋な気持ちは親の立場からも尊重したいのですが、
慎重に自分の心の状態を観察できるようにならないと、
まだ心や精神の状態が未熟な時期ですので、
バランスを崩す可能性もあったということです。

特に、この“抑圧”“強制”という自分の心に対して
意識的、無意識的に関わらず、抑えつけたり、
フタをしてしまうことによって、心の奥底に内在する
エネルギーが放出されなくなり、行き場所を失ったエネルギーは
どんどん蓄積していく一方になります。

最終的には自分の意志で制御することが不可能となり、
怒り、憤り、不満といった負の感情が爆発します。

その爆発も単発で終わったらまだいいのですが、
何度も繰り返すとか、何年にも渡って続くとか、
そうなってくると本人の精神的な負担は
かなり重いものとなり、制御も難しい状況となります。

このような状況に至ると、本人自身もどうしたらいいのか
わからなくなり、ネガティブなループから抜け出せなく
なってしまいます。

そして、そこから抜け出すための唯一の方法は、
そんな心の状態に少しでいいから“気づく”
それも1回や2回といった程度のものではなく、
“何度も何度も繰り返し気づく必要”があります。

精神科医、臨床心理士、カウンセラーなどに治療や相談とった
サポートを受けたとしても、最終的に行き着くところは、

「自分の心を救えるのは自分しかいない」

それが真実なのです。

娘の場合も全く同様で長年未解決の状況のままです。
だからと言って、あきらめているわけではありません。
私自身もこの度の人生で気持ちを抑えたり、自分を責めたりと
娘と同じような経験を何度もしてきました。

そんな苦しい経験が私にとって必要だったとわかり始めて
ようやく生き方そのものを見直しながら、
本来の在り方を示す方向へと転換できるようになりました。

“在り方そのものが、娘への最善のサポート“だと思っています。

ところで、ここまで述べてきたことは、
私と娘に限った状況ではないように思います。

人間である限り、長い人生を通して、気持ちを抑えたり、
自分を責めたりという経験をしたことがない、
そのような人はいないように思います。

そのことに気づいていなかったり、
仮に気づいていたとしても気にしなかったり、
また、悩みや不安として深刻に受け留めていなかったり、
つまり、それらは自分に対して“ある種の幻想を抱いているに過ぎない”
ということに気づいていない可能性があります。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
このブログの感想のコメントを一言でも頂けたら今後の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。

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