他人事を自分事として受け留める重要性

2022年2月に起きたロシアによるウクライナ軍事侵攻を通して、
数々の様々な情報を目にしましたが、
ウクライナの大統領をはじめ、幾人かのメッセージとして、

「あなたの国が次に狙われる」というようなことが、
なぜか私の頭から離れませんでした。
それは個人的な恐怖からではなく、より深い意味では
真実を語っているように感じたからでした。

今の時代はインターネットがつながっていれば、
世界中のさまざまな情報がいつでも手に入れることができます。

毎日、ウクライナ情勢について目を通すようにしています。
戦場と化した凄惨な光景を見るたびに心が痛みます。

ところが、そんな状況にも関わらず、
今の日本は普段と変わりのない日常が当たり前のように
続いているようにも感じられます。

同じ地球で起きている衝撃的な出来事でありながら、
私たちに直接の影響があまりないという想いからでしょうか、
遠くの国で起きた対岸の火事のごとく、ほとんどの人たちが
他人事のように思ってしまっているようにさえ感じられます。

ただ一方で、それでいいのかという違和感も感じています。
日々、ウクライナに関する情報に触れることで、
世界中に、怒り、憎しみ、憤り、悲しみ、恐怖、不安、心配
といったネガティブな想念が蔓延しつつあり、
それが肌感覚で感じられるかのように思います。

精神世界、スピリチュアル分野でよく使われる表現に
「波動」という言葉があります。

字のごとく“波の動き”を表している表現で、
気の流れとか、雰囲気とか、エネルギーとか、
人の心の動き、想いとか、
いわゆる“目には見えないモノのこと”を指しています。

ウクライナで起きている戦争もその出来事だけに留まらず、
そこに関心が向けられて世界中の人々が放っている
さまざまな想い、つまり“心の想念”が複雑に交錯して
地球上で激しく渦巻いている、そんな印象を受けるのです。

ところで、このような時に私たちひとり一人が
できることって何があるのでしょうか?

まず、その前提として、

「他人事を自分事として受け留める」

それが重要になってきます。

どれだけ当事者の方々に対して、
想いを寄せることができるか、
ということにかかってくると思います。

つまり、“慈愛”という想いによって
もしお金に余裕があれば、募金や寄付といった
支援をするのもいいですし、一日でも早く平和な日々が
戻るよう祈ることでもいいと思います。

もしかしたら、そのようなことをして、
“本当に解決に向かうのか”
“個人の力ではどうにもならない”
と思われる方もいるかもしれません。

しかし、この地球という言わば“運命共同体”に居る以上、
このような不調和な出来事は、今は何も起こっていないと
思っている、または感じている私たちにも、
いずれ必ず影響を受けることとなります。

さらに突っ込んで言えば、歯がゆい程残念なことに、
その影響については目の前の現実として現れない限り、
私たちは全く気づかない、もしくは知らないというのが
真実なのです。

現在起きている権威主義と民主主義という
イデオロギーや国家間の対立という側面だけではなく、
地球全体に関わるようなより大きな変化のうねりが
生じていくように感じられます。

いずれ原因と結果という“自然法則”に従った現象が
いつか必ず起きることになりますので、
その責任を人類全体で負わなければならない、
という事態になると思います。

もし、それが本当にわかっている人々ならば、
その事態にも冷静に落ち着いて対応できると思います。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
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どうぞよろしくお願い致します。

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