他人事で済まされていい?
通常、私たちは当然の事ながら、
個々の肉体での意識を主体としていますので、
「自分」と「他人」とを“別の人間”として
“区別”しています。
「この世に生まれてから今日に至るまで、
当たり前の既成事実であり、
実際に生活していく上で
何も支障を来すことなどない」、
と思っていても不思議ではありません。
一方、現代社会で生きていく中で、
「自分」だけで「自分」のことを完全に
理解することは不可能だと思います。
私自身もそのノウハウを得ようと、
いろいろな分野の本を読んだり、
インターネットで検索したり、
懸命に探し続けましたが、
結局は「他人」との関わり合い、
つまり、人間関係の中で生まれる展開でしか
“培われない土壌”があり、
それをベースとして自ら行動しない限り、
前に進むことができないということに
ようやく気づいたのです。
そのためには「他人」のことを理解する
必要が不可欠となります。
また「どれだけ理解できるか」によって、
その後の関係の度合いも違ってきます。

今回のタイトルの「他人事で済まされていい?」は、
“他人事で済ます”と“他人事で済まさない”という
2つの両極の意味合いを含んでいます。
“他人事で済ます”とは、冒頭に書いたように
「他人」を“別の人間”として“区別”して、
物理的にも心情的にも分けて考えるため、
“非情で割り切った感じ”となります。
一方、“他人事で済まさない”とは、
“他人事を自分事として考える”へと結びつき、
他人の想いや気持ちを汲み取ろう、理解しよう、
という傾向になります。
類似の表現として、
「他山の石」、
「人の振り見て我が振り直せ」、
などがあります。
他人のこと理解していく上で、
“自分事として考える”ことは、
とても重要なポイントになります。
しかし、それを実践していくには、
一朝一夕で身につくものではなく、
一時的に自我意識(エゴ)を切り離し、
継続と忍耐が必要となります。
そのような背景もあって、
実際に取り組まれる方は、
カウンセラー、心療内科医などの人と関わる
専門家を除くと、ごく少数かと思います。
だからと言って、安易に取り組む必要はない、
と言い切れるものではなく、
むしろ、“人間同士の根源的な生き方”へ
立ち還るための必須プロセスと言えます。
ここでガラッと話が飛びますが、
今の地球を見ていてどう思われますか?
戦争、地震や異常気象による災害、飢餓など、
20世紀と比較しても規模の大きさや件数などは、
明らかに全世界で増加の傾向にあります。
今、何も起きていないすれば、
それは被害に遭っていないだけで、
いつ被害に遭うか予見できない状況と言えます。
つまり、他人事で済まされない状況が
私たちの身の回りを狭めていくように、
どんどん押し寄せているとも言えるのです。
ただし、「もっと危機意識を持て!」
「災害地に行って人助けしろ!」
と言ってるのではありません。
『他人事を自分事として受け容れていく』、
“心の準備を怠らないようにする”、
それだけで十分なのです。
そして、私たちの与えられた役割として、
日々、目の前の「人」「事」「物」と向き合う際、
丁寧に慎重に心を込めて行なう様、
ひたすら真剣に努めることが肝要なのです。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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