人間関係に必要な柔軟性とは

これは私の個人的な考えかもしれませんが、
他人と家族との人間関係には”違い”があり、
もし、同じように扱えることができたなら、
どうしても難しいことだと思いがちです。

また、この”違い”は個々の”情の度合い”や”関係性の密度”などを
基準とすることで、

「他人と家族とを分けて考える、使い分けている」

という言い方もできるかと思います。

つまり、「”違い”があって当たり前」、
「もともとそうなっている」、「もとから決まっている」など、
一種の固定観念が存在しているように感じています。

ところが、最近ある出来事を通じて、
「はたしてそうだろうか?」という疑問が出てきました。

その出来事とは結婚で嫁いだ娘の里帰り出産でした。
つまり、しばらくぶりで娘との同居生活となったわけです。
しかも臨月という大きなお腹を抱えて支援が必要な状況です。

ついうっかり私が、娘が結婚する以前の親の立場で
軽率な発言をしてしまうと、
価値観や物事の考え方の違いから”摩擦”や”不調和”な状況に
陥ってしまいます。

心のどこかでは、”まだ自分の子供”という想いが残っているのか、
独自の親子関係の観念に囚われている事態に陥りがちになります。

しかし、冷静に今の娘の立ち位置を見ていくと
わかることなのですが、家族という身内でもあり、
他家に嫁いだという視点では他人でもあり、
したがって“両方の側面”があるわけです。

既に今までにない関係性となっていて、
“微妙な距離感”がそこに存在しているわけです。

ただ、その“微妙な距離感”は決して悪影響を及ぼすものではなく、
反対にそのことによって慎重さや繊細な配慮が必要であることが
わかってきました。

さらにそれを前提として私自身の言動を見直す
必要が出てきました。

それが“私自身の在り方の柔軟性”でした。

このことはそれまで全く意識していなかったことで、
娘の里帰り出産という人生のイベントを通して、
娘と真剣に向き合いながら新たな関係を築いていく、
そんな感覚を味わっています。

それは人に教えられるようなマニュアルといった
決まった形のものではなく、ケースバイケース、
つまりその時の状況を見極め判断しながら、

クセとなっていた今までの言動や思考にできるだけ早く気づき、
修正を試みながら、気持ちを切り換えて、
丁寧に穏やかな気持ちで接していく対応や心構え、
そのような取り組み方になるかと思います。

ごく簡単な例えとなりますが、
相手(今回は娘)の態度や心の状態を観ながら
「押してもダメなら引いてみな」、
そんな言動のニュアンスが比較的近いように思います。

そして、どうやら他人との人間関係を築く際にも
それは共通するものであることもわかりました。

家族についてはプライベートという一種の壁はありますが、
より人間関係を深く広く観ていくことによって、
家族であろうと他人であろうと変わりない、
より本質的な人間関係の領域に入っていくように思うのです。

言い換えれば、家族も他人も同じ人間である以上、
無意識に近い形で分け隔て線引きをしていたような
固定観念、価値観といった、こだわりの必要性が
なくなっていく変遷のプロセスを通して、

もう手放してもいいと思われるような囚われのない、
より自由な感覚へと変化していくように感じられるのです。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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