心と肉体は密接につながっている

「心はだませるが肉体はだませない」

「肉体は純粋で正直な道具であり、神からの預かりものである」

これらは私の先生とのセッションの中で
私へのアドバイスとして先生から出てきた言葉です。

特に2段目の文中にある、“神からの預かりもの”と聞いても
最初はピンと来ませんでした。

しかし、日が経つうちに
「私の心にある傲慢さに原因があった」
そのことに気づきました。

その気づきはこんな出来事からでした。
私はもともと腰痛持ちで、年に何度か腰に負担がかかると
よく腰痛となります。

今回はその腰痛が長期化していたので、
その原因について先生に尋ねたのが発端でした。

私自身は今までの経験から、
この腰痛の症状は「心の浄化の現われ」と思っていましたが、
それとは異なる見解でした。

このようにブログを書いたり、オンライン・セミナーや
同様のグループミーティングなど、
最近になって、デスクワークの時間が長くなっていたのは、
それとなく感じていました。

しかし、これらのことは元来好きなことなので、
気にしながらも「大丈夫だろう」と高を括り、
続けていくことに何の抵抗もありませんでした。

ところが、ある日、下半身の局部の様子がおかしいことに気づき、
近くの泌尿器科医に診てもらったところ、
「前立腺炎」との診断が出ました。

加齢による前立腺肥大もあり、少なからずショックを受けました。

腰痛との関連性はわかりませんでしたが、
明らかに下半身に負担がかかっての症状でした。

2つの症状がほぼ重なった時期だっただけに、
冒頭の先生の言葉、

「心はだませるが肉体はだませない」
「心は無理がある程度きくが肉体は無理がきかない」

そのように言い換えることもできます。

なかなか理解できませんでしたが、
後になってもう一度思い返した時、
“神からの預かりもの”とつながり、胸にジ~ンと響きました。

私が「大丈夫だろう」と思っていたことが、
肉体のことを思いやろうとせず、蔑ろにしていた
“傲慢さ”を表していたことに気づいたからです。

その元凶は、“肉体は自分の所有物”という思い上がりです。
この思い上がりがある限り、何度も同じような辛い痛みや不快感を
繰り返すことになります。

当然、先生には「前立腺炎」の診断の話をしておりませんので、
まるで私の身体を見透かしていたようにさえ感じました。

好き嫌いに関わらず、何か物事に取り組もうとしている時、
あるいは既に取り組んでいる時、私たち人間はどうしても
心が先に動き、そして肉体より優位なポジションに立ち
常にリードする傾向にあります。

肉体には心のような意志がありませんので、
心に置き去りにされないように無理してでも
付いていこうと懸命になります。

その結果として、肉体は“心の暴走やワガママ”の影響を
まともに受けてしまい、病気や痛みとなって肉体の症状として
表出することになるのです。

“心の暴走やワガママ”の化けの皮を剥がすと、
その本性は『自己顕示欲』に他なりません。

心と肉体の関係は、このような経験を何度もすることによって、
その本質がようやくわかりはじめていきます。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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