嫌な状況は視点を変えると、気づきや感謝へつながる

前回登場した、2年先輩のD氏の私に対する厳しい指摘、
対応についてですが、ここで一言つけ加えさせて頂きます。

確かに私は精神的な負担がありましたが、
D氏に対して個人的に恨みや憎しみの感情は持ちませんでした。
それは、その後に起こった数々の状況の変化にともない、
私自身の受け留め方に変化が生じたからのように思います。

D氏は結婚してから、それを契機にやさしい性格に変わり、
笑顔での会話が多くなりました。
そして過去のような近寄りがたい存在ではなくなりました。

また、急遽私も翌年に同じフロアの営業3課のセールスマンとして
異動になりました。

“玉突き人事異動”という表現になるのでしょうか?
ローテーションのように人事異動で穴の空いた人員に
誰かを補充するというもので、計画性のない異動が
当たり前の時代でした。

この部署に来て、セールスマンとしての苦労が、
以前D氏から注意されていた事柄が身にしみて分かったこと、
そして自らの行動を通じて成長が認識できたことは、
彼に対して素直に感謝の気持ちが湧いてきました。

営業3課の異動も、6年先輩のM氏の東京本社転勤に伴うもので、
短期間の引継ぎだけで、いきなり大阪市内の大手百貨店を2件、
担当することになりました。

この部署は、物流センターの研修時代に、お中元の繁忙期に、
応援業務をしたのですが、以前所属していた営業1課の受注チームとは、
まるっきり異なる業務内容でしたので、”戸惑いの期間”が長かった
ように思います。

ある意味、振り出しに戻った感じでしたので、仕事を覚えない限り
前に進めない状況でした。夜の残業、休日出勤は必然となりました。

短期間とはいえ、M氏との引き継ぎは、私にとって貴重で思い出深い経験でした。
独身寮では雲の上のような存在の方で会話することさえ緊張し、
恐縮していました。

後に得意先回りをするようになって仕事の側面から、
“M氏が築いた信用”という財産を身を持って知るのですが、
私の善い悪いという価値基準を超えて「感謝しかなかった!」のを
今もハッキリとその重みを覚えております。

この頃の私の年齢は、24歳という若さで十分な馬力がありました。
“人事異動の流れ”に翻弄されながらも、
「同じ担当部署の先輩方に少しでも負担や迷惑をかけたくない」、
そんな想いが強く、仕事に慣れ、覚えるのに必死でした。

今だからわかることなのですが、
この “人事異動の流れ” は、単なる人の異動ではなく、
新たな人間関係を築く、その最初のステップだったように思えるのです。

これは決して否定的な意味ではなく、
そのことを通して経験するプロセスが、私がそれまで作り上げてきた
固定観念をブチ壊すための作用として機能を始めた、
そのように解釈して捉えた方が合点がいくからです。

そういう意味では、D氏、M氏の両氏とも、
“私を精神的に鍛えてくれた、ありがたい協力者だった”という視点が
私の心の中に自然と芽生えたことで、両氏に対して感謝の気持ちが湧いた
ように思えるのです。

誰にでも人生を振り返ってみると、
“節目”と思われる出来事があると思います。
この人事異動は、その前後の心身の負担度からすると、
明らかに”大きな節目”だったように思います。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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どうぞよろしくお願い致します。

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