永遠のものと無常のものとの識別

前回のブログでは、
「この世で形有るものはすべて壊れる」
という「物質」の側面からの話でした。

創造、維持、破壊といういわゆる宇宙のサイクルを
地球規模に当てはめた形で時間の経過とともに
変化していくことになります。

表現を換えて言うならば、
「無常のもの」
という言い方もできます。

私たちが住んでいるこの地球という惑星は、
人間の持つ価値基準からは、見ての通りの「物質」という
見える形もの他に、空気や電磁波、エネルギーといった
人間の五感では感じるのが難しいものが共存しています。

さらに視点を拡げていくと、
地球上の生物、非生物に関わらず、
「意識」が存在しています。

つまり、人間や動物などの生物だけが「意識」を
持っているのではなく、

鉄や銅などの金属、貴金属店に並んでいる
金やダイヤモンドの高級装飾品、
道端などに転がっているなんの変哲のない小石などの
非生物にも「意識」があるということです。

人間の限られた視点から見た場合の、
生物、非生物と分類しているに過ぎないので、
それらの元素の大元である地球という視点から観たら、
“すべてが同じ”ということになります。

結論から言うと「物質」での感覚では
決してわからないのですが、「物質」を超えた精神領域では、
お互いが「意識」でつながっているということが
言えます。

それはまさに“以心伝心”という表現があてはまるように
思います。

具体的な例を挙げれば、
“物持ちいい”という表現があるように、
耐久寿命が10年と言われている家電製品化が
10年をはるか超えた年数でまだ“現役”として
十分に使えていたり、

心を込めて丁寧に生けた花に毎日優しく話しかけるようにすると、
長い間、“枯れずに咲き続けたり”

犬などのペットを飼い続けていると、
「何を言いたいのか」「何がしたいのか」
そのようなことが自然と時間とともに
わかるようになってきたり、

というように人間が「意識」を向けることによって、
それに呼応するように状況が変化していくとも考えられます。

このような事柄について現代科学での解明や立証することは
確かに難題ではありますが、事実として目の前の現象として
現われていることを否定することはできません。

生物、非生物であろうと「意識」の根源に共通して在るのは、
生命活動を維持する『生命力』という
“純粋なエネルギー”と言えます。

わかりやすく具体的に言うと、
私たち人間は、『生命力』 が活動していなければ、
心臓を動かすことも、呼吸をすることもできない、
つまり、生きていくことができないわけです。

裏を返す言い方をするならば、
私たちの肉体が日々維持できているのは、
この『生命力』が存在し、それに支えられているから、
“生きていられる”ということになります。

この『生命力』は人間のみならず、
地球上の万物に宿っているもので
不変のものであり、すなわち“永遠のもの”
ということになります。

このような表現をすると、
「それって何のこと? 、どういうこと?」
という疑問がわいてくるかと思いますが、

あえて言うならば、
永遠とは過去でも未来でもなく、
「私は今ここに居る」という感覚、意識、
その一点に集中している状態のことを
指し示しているのです。

そして、いつの日にか「無常のもの」のすべては、
「永遠のもの」の土台、基礎の上に築かれている、
存在しているということがわかってきます。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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