『ダイヤモンド・ソウル』の本当の意味

「魂」という言葉が出てきた際、
人の受け取り方はさまざまですが、
私見ではありますが、世間を見ていくと
大きく3パターンに分かれてくるように思われます。

1つ目は、言葉のみならず、全くその存在すら
信じようとしない、もしくは信じたくないという、
「唯物主義、思考中心」の傾向が強いパターンの方

2つ目は、本や他者、インターネットなど外部の情報を
そのまま疑いもなく信じ込んでしまう、
「鵜呑み、依存」の傾向が強いパターンの方

3つ目は、他のことで忙しいとか、全く興味がないとか、
その存在を信じる、信じない以前の
「無関心」の傾向が強いパターンの方

これらのパターンに共通する点があります。

それは、
「魂という実態がわからない、掴めていない」
ということです。

私自身も60年の人生を通じて、
この目で見たことなど一度もありません。

しかし、

「何かを感じる」とか、
「この感覚いつもとは違う」とか、
「何かに突き動かされたみたい」とか、

そのように自分でも心当たりはあるものの、
どうしても言葉では表現することができず、
何となくあやふやでおぼろげながら
感じられるものがあります。

そんな時、その時点ではハッキリとわかななくても、
いずれ私がわかる時が来るだろうから、
「無理せず焦らずに待てばいい」と大らかな気持ちで
自分に言い聞かせるようにしています。

ところで、話題が少し変わりますが、
精神世界、スピリチュアルの分野でよく出て来る表現で、
『ダイヤモンド・ソウル』という言葉があります。

もう30年近く昔の個人的な話ですが、
私はある自己啓発セミナーの中で最も高額(約50万円)なセミナーに
参加しました。

その参加の動機の1つだったのが、
セミナー後には、
「傷つかない魂になれる!」
ということでした。

当時の私は短絡的に考えていて、
「『ダイヤモンド・ソウル』になれるんだ!」
と喜んで参加しました。

経験上から言えることなのですが、
このような高額なセミナーの参加者は
必死の想いで来ていますので、全員の気持ちが
ポジティブな方向性へまとまりやすいこともあり、
大きなエネルギーが生み出される可能性が高まります。

そのことによってハイに上昇している気分が
しばらく続き、現実社会に戻って周囲の人から
ネガティブなことを言われても平気なので、
傷つくことはありません。

ところが、そんな状態も個人差はあるももの、
1週間も経つとハイな気分は、元の状態に
戻ってしまいます。

根がネガティブ思考だったら、
やっぱりネガティブな感じになってしまう、
ということです。

その結果として、
「もしかして『ダイヤモンド・ソウル』になっていかったのでは?」
という“疑念”がふつふつと湧いてきました。

そして、この“疑念”が晴れるまでにさらに30年近くの
期間を要しました。

「人間の魂は何があっても傷つくことはない」

それはまさに私にとっては目からウロコと言える程の
思い違いをしていたということです。

つまり、初めからすべての人間の魂は、
『ダイヤモンド・ソウル』だった
ということです。

ただし、ダイヤモンドであることに間違いないのですが、
その原石といった方が表現が適切のようで、
何度も何度もあらゆる角度から磨き続けていった結果、
あのまばゆい光り輝くダイヤモンドが現れてくるわけです。

人間の魂も同様に苦しみや困難の中で磨かれていかないと、
『本物の魂』が現れてこないということです。

結論として言えるのは、
人間関係や事象について個人的にネガティブだと思ったり、
感じられたりしたのは、むしろ自分の魂を磨いて
さらなる成長を促してくれるための、
『最適な協力者』だったということです。

このように30年の月日を経てようやく、
『ダイヤモンド・ソウル』これの本当の意味が
わかった次第となりました。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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