クレームが『愛』だとわかった時 前半

10年以上も同じマンションに勤務していると、
住民の方からさまざま相談や問い合わせがあり、
速やかに対応できるものもあれば、

一方で、クレームと言われているような、
ご本人が不都合と思われる出来事が起きた時、
元々持っている価値観や固定観念とのギャップが生じることで、
たまっていた不満が爆発して、怒りや憤りといった感情を
直接ぶつけられることもあります。

いわゆる感情論で訴えるというケースです。

そのようなことになりますと、
こちらに落ち度がなかったとしても、
立場上、どうしても受け身となりますので、
とりあえず話を聴くことしか対応ができません。

マンション管理員として経験が浅い頃は、
相手の方が放った怒りや憤りのエネルギーに巻き込まれてしまい、
その方を前にして心臓の鼓動が激しくなったり、
動揺のため話し方がたどたどしくなったり、

また、ひとりになっても、焦りや不安、迷いで
頭の中が一杯で嫌な想いを長い間引きずりました。

しかし、年数が経つに連れ、場数を踏んだことに加え、
“相手の方の怒りや憤りエネルギーをかわす手法”
“自分の意識をある一点に集中する手法”などを
場の状況に合わせた行動をすることによって、
より精度の高い的確な対応ができるようになりました。

これらの手法は、カウンセリングでの場面での活用に留まらず、
仕事や家庭など日常生活のあらゆる局面でとても役に立ちます。

私がよく表現している日常生活の「人」「事」「物」の奥にある
“本質”にアプローチしていくことで、結果として事がうまく運ぶケースが
経験上多くなっていくように思います。

この“本質”というもの、見えたり形のあるものではなく、
確かに取っ付きにくく、わかりにくいと思いがちですが、
つかめるとつかめないとでは後になって大きな違い
となっていきます。

本や人、あるいはインターネット検索などの情報をもとに、
概念を知識として頭で学ぶだけでは不十分で、
身体を使って行動を通して経験という形で学びを得た方が、
価値があり自信へとつながっていきます。

基本をしっかりと正しいやり方で学んでいき、
現実社会でどんどん実践していくことで着実に身につき、
どなたでも収得できます。

ご縁があってカウンセリングを受けて頂ける機会がありましたら、
それらの手法をじっくりとお教えすることができます。

話題が少し反れかけましたが、
要するに 「人」「事」「物」 といった、
目の前で起きた事象の表面、見かけだけで判断するのではなく、

例えば、先述の住民の方からのクレームを受けた時、
その場で落ち着いて冷静に相手の方を真摯に観ていくことで、
怒りや憤りといった感情の奥にある本質が次第に感じられたり
観えてきたりします。

つまり、『何とかして欲しい』という切実なる想いを
どうしても伝えたいがために、怒りや憤りという感情を
あらわにしたに過ぎなかったということです。

この場合” 『何とかして欲しい』という切実なる想い “そのものは、
確かにご本人の置かれた状況の限定的な想い(エゴ)なのですが、
しかし、本来その想いの元になっているのは、 クレーム の対象である
私たち管理会社に対して、現状回復や品質向上を求めての
“ワンランク上の強い要望”ということなのです。

この”ワンランク上の強い要望”こそが、
顧客からの“愛のムチ”とも言い換えることができ、
つまり、元からその方の心の中に在った『愛』が表現された
ということです。

この『愛』として捉えていく感覚は、
決して簡単にすぐにできることではありませんが、
相手の方の本心に触れることで、なんとなくとか、
漠然と感じられる程度でいいと思っています。

天気に例えるなら、いきなりどしゃ降りの大雨だったのが、
雨が止んで雨曇すき間から太陽の光が差し込んでいる状況、
そのような表現になるかと思います。

つまり、私たち人間の心は一時たりとも止まることなく、
常に変化し続けるということです。
そして、その真実を本当に理解して心を統御できる人は、
極めて少ないように思います。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
このブログの感想のコメントを一言でも頂けたら今後の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。

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