新たな人間関係そして直面した課題・後半

前半からの続き

2年目になり、T社長の態度が変わってきました。
雇用主として立場を行使したいからか、別の意図があったのか、
見当がつきせんでしたが、
私が持っているさまざまクセに対して、小言を言われるようになりました。

例えば出張の時、T社長が隣で寝ていると
「歯ぎしりがうるさい」とか
「指の関節鳴らしがうるさい」とか
私が車を運転し、T社長が横の助手席に居る時、
「ブレーキペダルを断続的に踏み過ぎる」とか

初めのうちは気に留めなかったのですが、
結構繰り返し言われると、だんだん気が滅入るようになりました。

さらに、1年目はT社長と私の2人で行っていた仕事を、
ほとんど私に振られるようになり、
私自身はまだ自信がなく実力が伴っていない状況で、
特に事務仕事はキャパオーバーとなりました。

一番苦手な仕事は、パソコンでの印刷業務でした。
1990年代半ばで、Windows導入前の国産の旧式のPCだったのと、
プリンターも使い勝手が悪く、ひとりで格闘し、
ウンザリした気分になりました。

数ヶ月に1度という使用頻度の低さから慣れないため、
PCの前に座るとハッキリ言って憂うつでした。

年度末には書類締切期限もあり、当然、就業時間内で仕事が
終わらない状況が出できました。

残業となっても、固定給だったため、
残業代は出なかったのは、仕方ないと思っていました。
ただ、好きで通い続けていた、陶芸教室へ今までのように
行けなくなった事は心外でした。

雇われている立場という事もあり、T社長に面と向かって、
私の心境を正直に語るわけにもいかず、
また、T社長自身も本音で語るような方ではなかったので、
私の”被害妄想がふくらむ結果”になりました。

今でも持っている、私の特徴というか悪い所でもあるのですが、
そんな外的な状況の変化に対応できず、
自分の気に入らない状況がストレスとなり、
家族や気心の知れた人に、態度や言葉に出てしまうのです。

この時の私も、そうでした。
T社、つまりT社長の不平、不満を言い続けていました。
特に身近な家族は、私の文句を聴き続け、不愉快で苦痛だったと思います。

今でも私が他人の事を批判したりすると、
妻から「人のせいにしている」と指摘される事があります。
今更ながら、申し訳なかったと痛感しております。

前半とこの後半を通して言えることは、
私が T社長と接する機会が長くなることにより、
もう自分の感情や気持ちを抑えつけることができなくなり、
妻に八つ当たりするしか手段がなかったということです。

この当時、妻以外に受け留めてもらえる人はいなかったので、
とてもありがたかったです。

人間の抑圧された感情のエネルギーは、八つ当たり程度では
絶対になくなりません。
いずれかの時期に開放しないと必ず爆発します。
どのような形で爆発するのか、それは本人さえも予想ができません。

その身近な例が親子だからこそわかるのですが、
以前このブログに書きました、母の焼身自殺だったように思います。
抑え込んでいたエネルギーを開放する術を知らなかった私には、
自責の念をはるかに上回るパワーがあったように思います。

「”エネルギー は、自分の中にあるもので、コントロールできる”、
そう思っていたことが間違いだった」、
それを物語るかのように気づかせてもらえた、
とても貴重な経験だったと思います。

また、自分の意識が向けられた所にエネルギーが注がれるという、

「エネルギーの法則」

これを身を持って体験した、
そんな言い方もできるかと思います。

そんな悶々とした日々を過ごすうち、新たな展開が動き出しました。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
このブログの感想のコメントを一言でも頂けたら今後の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。

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