『人生の目的』は他人から教えてもらう?・前半

仕事に追い詰められ、母を亡くした喪失感から立ち直れないままの状況から、
手を差し伸べてくれたのは妻でした。

この時ほど彼女の存在をありがたく思った事は、ありませんでした。
それは、彼女の知人がスタッフとして入っていた、
自己啓発セミナーへの参加の勧めでした。

私にとって初めての事なので、不安もありましたが、
他に何も頼るものもなかったので、藁をもつかむ思いで入会を決めました。
このことが精神世界、スピリチュアルという
私にとって未知の分野を知る始まりとなりました。

最初は基礎コースから始め、レベルを上げて行きました。
他に瞑想のセミナーも別のコースで受講しましたので、
結果的に、かなりのお金をつぎ込みました。

「愛そのものになる」「現状を突き抜ける」「ビジョン(人生の役割)を生きる」
「歩き続けることは人生そのもの」「頭と身体をつなげる」
「気エネルギーを身体に取り込む」「セミナー体験を日常の生活に生かす」
「自分が変われば、周りの人も変わる」
「精神、気、肉体の3つの力のバランスが大事」など

まさに精神世界独特のフレーズのオンパレードでした。

スタッフとの面談がひっきりなしにあり、
その度ごとに知人などをセミナーに勧誘するように言われるのが、
ノルマを課せられた感じで、それがとても嫌でした。
それは「エンロール(名簿に登録する)」という用語が象徴していたように思います。

セミナーが終わった直後は、地に足が着いてない感じで、
一時的に、”愛そのもの”になった?けれど、
一週間足らずで、現実社会の波にもまれ、元の自分もどる、
そんな事の繰り返しでした。

それでも、仕事のストレス、プレッシャーから早く逃れたい、
という気持ちの方が勝っていたので、
マインドコントロールの一歩手前の依存症に近い
精神状態だったように思います。

この頃”自分のビジョン”を手に入れようと強烈な執着があったため、
B社を退職するしかない、という決断を自分の内側へ仕向けていました。

そう、完全に” 自分のビジョン”というキーワードに
のめり込んでいた、振り回されていた状態といっても
過言ではなかったように思います。

経済的な負担を少しでも減らすため、家賃の安いアパートに引っ越しをしたり、
妻が事務のパートをしたり、退職へ備えての準備と言えば聞こえはいいですが、
実情は家族に負担をかける結果となってしまいました。

B社大阪支店営業1課の上司Z氏に辞意を伝え、
後日退職の方向が決まってからの日々は、
肩の荷が下りて、軽やかで和やかな気持ちというか、新鮮さが戻ったというか、
そんな心境の変化は今でも鮮明に覚えています。

B社を退職し、気持ちを切り換え、スッキリした心持ちで、
自己啓発セミナーを受講して見出したはずの人生の役割、
” 自分のビジョン”に真正面から取り組んでいくはずでした。

しかし、現実は自分の思う通りには運びませんでした。
というのも、”自分のビジョン”が変わっていき、
そもそも “自分のビジョン”は最初からハッキリと言語として
固定化されていたのではなく、そのようなニュアンスで
私がセミナーの代表者からのメッセージを都合よく、
解釈していただけのことでした。

今から思うと冷静に考えてみれば、判断のつく事柄であったかも知れません。
しかし、当時は私の性格上、脇目を見る余裕などなく、勢いというか、
信じるしかないという強迫観念からか、
さらに生来のまじめさが加わり、言われた事は正しいと信じ、
疑念が湧いたとしても見ぬふりをして突っ走るしかありませんでした。

この時期の私の心の状態は、ひと言で言うなら「依存」という表現になります。
さらにそれを強化するようにセミナーの代表者を「神格化」していました。

心や精神が弱いかったから、根性がなかったから、
気が弱かったから、物怖じする性格だったから、
負け犬のように逃げたから、

そんな風に人から言われたり、思われたりしても、
当然のことのように不思議ではなかったと思います。

しかし、言い訳するつもりは全くないのですが、

「この経験があったから今の私がある」、

という言い方もできると思うのです。

当時の精神世界、今で言うスピリチュアル分野で出てくる
言葉の表現、つまり概念は今も昔もほとんど変わりはありません。

この分野で最も重要なことは、“日常生活での実践”です。
その実践を丁寧に注意深く観察できることがカギとなります。

それは心にある受け留め方の垣根を自らの意志で外していくことにつながっていきます。
そして、“心の変容”が起きることによってのみ創造されるものでもあります。

人生という道を歩き続ける限り、選択肢の連続でもあります。
回り道や無駄、失敗と思えるようなこと、
やりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、嫌いなこと、
わからないこと、迷うこと、気になること
大小さまざまな選択肢の局面と出くわします。

同時にその時の出てくる感情として、
楽しい、嬉しい、ワクワク、と言った
好意的に受け留めることもあれば、
その反対に、逃げたい、回避したい、無視したい、と言った、
否定的に受け留められることもあります。

その選択肢の精度を向上させていく、言い換えれば、識別心を磨いていく、
それこそが『人生の目的』には不可欠な要素だと確信しています。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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どうぞよろしくお願い致します。

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