過去には人生の進路のヒントが在る・後半

前半からの続き

そして、もう1つの側面、精神世界との関わり合いについても、
触れたいと思います。

精神世界、今風に言えばスピリチュアルですが
今回のブログを始めるにあたり、
このことをどのように取り入れていくかが、
正直なところ悩み続けました。

玉石混交の世界だけに、世間一般の見方としては、
無関心もしくは偏見で見られる傾向もあります。
しかし、その一方で価値を見出している方がいるのも事実です。

まだ、この私が若かりし時代は、自分で頭をあっちこっちぶつけながら、
何とかして自分らしさとは何かを見つけだそうと、
必死にもがき苦しみ、先のことが見いだせない状況でした。

K社時代の自己啓発セミナーに続き、
T社時代の宗教団体にすがった時点で鞍替え?と見られても、
おかしくはないと思います。

大学を卒業して社会人となってから、まさか自分が、
こんなに精神的に弱いとは思ってもみませんでした。

両社の時代に共通している問題点と思われるのは、
突き詰めると、それは“人間関係”でした。

社会に出れば、気の合う人達と一緒に仕事ができるなど、
自分にとって都合のいい環境に出くわしたり、選べるわけではありません。

一般的には、人間関係に悩んだり、苦しんだら、
誰かに相談したり、あるいは自分でコントロールしたり、
何らかの形で調整していく、あるいは我慢する、
というパターンが比較的多いと思います。

私の場合、一度ネガティブな状況に陥ってしまうと、
そのままどっぷりハマってしまい、なかなか抜け出せないクセというか、
思考パターンがありました。

私にはネガティブな状況を相手のせいにしたり、
視野の狭い、自分だけの価値観でしか、物事の判断ができませんでした。
さらにカリスマ性を持っている人に依存する傾向がありましたので、
自分をトコトン追い詰め、最後は神にもすがるような気持ちで、
自分の外側に答えを求めるしか手段はありませんでした。

その結果として、自分の外側には答えはなく、どこにも見つかりませんでした。

カウンセリングなどでよく出てくる、

“答えは自分の中にある”と人から言われても、

その本来の意味がわからないし、到底理解できませんでした。

確かに自分の心や精神面の弱さが引き金になったとは言え、そのことを転機に

“本来の自分らしさ(本当の自分)を求める道程が結果的に示された”

という言い方もできるように思います。

“本来の自分らしさ(本当の自分)を求める道程が結果的に示された”
それは、その後も自分の心のズレが大きくなった時、適時、示され続けました。

その示され続けられたモノ、それが スピリチュアリティ(霊的真理)でした。
“霊的”というと幽霊とか何か恐ろしい、怖いものを連想される方もいますが、
単にほとんどの人には見えない、形のない、知らない世界があり、

スピリチュアルの知識や概念を正しく理解することで、
日常の生活の場でそれを実践し、自分の内側へ落とし込むように
着実に身につけるため、自分の心を成長させる道具、キッカケ、
ヒントとすることが最も重要だと確信しています。

そして、スピリチュアルを学び、日々の日常で実践することの利点と言ったら、
多少、語弊のある表現になりますが、ひと言で言うなら、

『 見えない、形のない人生の保険 』です。

それは、人間社会にある生命保険や損害保険と
基本的には同様の捉え方でいいのですが、
大きな違いは、お金がかからないこと、過ぎ去った過去も対象となること、
また、未来については「転ばぬ先の杖」のことわざのように、
識別心を磨くことで余計なトラブルに巻きまれにくくなることです。

ただし、人の話や本に出てくるスピリチュアルの知識や概念を
頭で理解して修得しただけでは、かつての私がそうだったように、
ほとんど役に立ちません。

私の場合、一時期、足かせに近いものになってしまいました。
まさに「自縄自縛 」という状態になり、自分を救う手立てが
見つけ出せない状態に陥りました。

そして、私とスピリチュアルの縁、つながりは、
転職先のN社でさらなる新たな出会いへとつながっていきました。

最後まで読んで頂いてありがとうございました。
ご興味、ご関心を持たれましたら、
このブログの感想のコメントを一言でも頂けたら今後の励みになります。
どうぞよろしくお願い致します。

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